大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(ラ)1087号 決定

抗告人 星澤正義

主文

原決定を取消す。

別紙第一物件目録記載の不動産につき、抗告人を最高価買受申出人とする売却を許可しない。

理由

一  抗告人は、主文同旨の裁判を求め、その理由の要旨は、「抗告人は、近隣の増沢義次所有の別紙第二物件目録記載の不動産(以下「若宮の物件」という。)が競売に付されていると聞き、これを競落すべく昭和五六年一一月一一日長野地方裁判所上田支部の入札場に赴き入札手続に参加したが、入札参加は初めてで不馴れのため、入札場において交付された入札書用紙の記入に際し、当日同時に入札に付された別事件の競売物件(若宮の物件と同じ諏訪形地内に所在する別紙第一物件目録記載の不動産、以下「石田の物件」という。)の物件明細書を若宮の物件明細書と誤認し、石田の物件の明細書に基づき事件番号欄に「昭和56年(ケ)第26号」物件番号欄に「(1,2,3)」と記入し、若宮の物件の最低売却価額及び買受申出保証額を、右入札手続参加前あらかじめ聞知していたことから、右入札書用紙の入札価額欄に、若宮の物件の最低売却価額を少々上廻わる「17010000円」と記入し、保証の額の欄には、若宮の物件所定の買受申出保証額の「3400000円」と記入したうえ、保証金三四〇万円の現金と共に執行官に提出したところ、執行官は入札手続を締め切って開札し、抗告人を石田の物件の最高価買受申出人として取扱い、長野地方裁判所上田支部は、これに基づき昭和五六年一一月一六日の売却期日に、抗告人に対し石田の物件の最高価買受申出人として売却を許可する旨の決定を言渡した。しかしながら、抗告人は、若宮の物件を一七〇一万円で入札するつもりで入札したのであり、石田の物件を右価額で入札するつもりは少しもなかったところ、たまたま若宮の物件の記録がみつからず、石田の物件の記録のみがあったため、若宮の物件に入札するつもりで石田の物件に入札したのである。このことは抗告人が入札書用紙に、石田の物件所定の買受申出保証額二〇〇万円を記入せず、若宮の物件の買受申出保証額を記入していることからも明らかである。よって、右入札は要素の錯誤によって無効であるというべきであるから、これに対してなされた売却許可決定は取消を免れない。」というにある。

二  当裁判所の判断

《証拠省略》によれば、同支部は昭和五六年一一月一一日午前一〇時同支部入札場において、昭和五六年(ケ)第二六号(競売物件 石田の物件、一括売却、最低売却価額九九三万円、買受申出の保証額二〇〇万円)及び同年(ケ)第三号(競売物件 若宮の物件、一括売却、最低売却価額一六九二万円、買受申出の保証額三四〇万円)を含め別表記載のとおりの各事件の入札が行われたこと、抗告人は自宅近くの若宮の物件の入札を希望し、その最低売却価額及び買受申出保証額を事前に聞知し、入札場において配布された入札書用紙の入札価額欄に若宮の物件の最低売却価額にやや上乗せして一七〇一万円と記入し、保証額欄に若宮の物件の買受申出保証額どおり三四〇万円と記入したが、事件番号と物件番号の各欄については、同入札場で目に付いた石田の物件の物件明細書を見て、十分内容を精読して判断することなく同じ諏訪形地内にあることからこれを若宮の物件であると誤認し、事件番号欄に「56(ケ)26」物件番号欄に(1,2,3)と記入したこと、同支部執行官は同日開札し、入札書に記載された事件番号、物件番号により抗告人及び中村一衛、渡辺邦彦の計三名を石田の物件に対する買受申出人と認め、中村一衛の入札価額が一一七三万円、渡辺邦彦の入札価額が一〇〇〇万円であったため、抗告人を石田の物件の最高価買受申出人と認め、その旨の期日入札調書を作成し、これに基づき原裁判所は昭和五六年一一月一六日、抗告人を最高価買受申出人として、石田の物件につき売却許可決定を言い渡したこと、抗告人は裁判所の入札に参加するのは最初であり、その手続に馴れておらず、また、折あしく、若宮の物件に関する記録が抗告人の目に触れるところになかったこと、が認められる。

右事実によれば、抗告人は若宮の物件に入札するつもりで誤って入札書に別の事件の事件番号、物件番号を表示し、その結果外形上石田の物件に入札したことになったもので、石田の物件に対する買受申出は、要素に錯誤があったものというべきであり、民法九五条の準用により無効であると解するのが相当である。なお、抗告人が初めて入札に参加し、手続に不馴れであったこと、若宮の物件に関する記録が抗告人の目に触れるところになかったこと、たまたま両物件が上田市大字諏訪形地内に所在し取り違えやすかったこと等からすれば、抗告人に重大な過失があったものということはできない。

そうすると、無効な買受申出に対してなされた本件売却許可決定は違法であるといわなければならないから、民事執行法七四条二項によりこれを取消し、本件物件につき抗告人を最高価買受申出人とする売却を許可しないこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 高野耕一 相良甲子彦)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例